東京地方裁判所 平成11年(ワ)20861号 判決
原告 ジェイ・エフ・サービス株式会社
右代表者代表取締役 関谷隆一
右訴訟代理人弁護士 猪瀬敏明
被告 山口ヨシ子
右訴訟代理人弁護士 平出まや
主文
一 東京地方裁判所平成一一年(リ)第1548号、同2559号、同2560号、同3457号、同5138号、同5601号配当手続事件につき、平成一一年九月一七日作成された配当表のうち、被告に対する配当額金八四万六八四一円(賠償金・公正証書の分)とある部分を零円に、被告に対する配当額金五四万四〇二五円(求償金等・公正証書の分)とある部分を九二万七六五〇円に、原告への配当額金六三万八九八七円とある部分を一一〇万二二〇三円に、それぞれ変更する。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は、これを八分し、その三を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。
事実及び理由
第一請求
東京地方裁判所平成一一年(リ)第1548号、同2559号、同2560号、同3457号、同5138号、同5601号配当手続事件につき、平成一一年九月一七日作成された配当表のうち、被告に対する配当額金八四万六八四一円(賠償金・公正証書の分)とある部分を零円に、被告に対する配当額金五四万四〇二五円(求償金等・公正証書の分)とある部分を零円に、原告への配当額金六三万八九八七円とあるを金二〇二万九八五三円に、それぞれ変更する。
第二事案の概要
一 争いのない事実
1 東京地方裁判所平成一一年(リ)第1548号、同2559号、同2560号、同3457号、同5138号、同5601号配当手続事件につき、同裁判所は、平成一一年九月一七日、原告の請求債権総額三億七七二七万六六二八円、配当実施額六三万八九八七円、被告の請求債権総額及び配当実施額は、賠償金・公正証書分につき五億円及び八四万六八四一円、求償金等・公正証書分につき三億二一二〇万八八二三円及び五四万四〇二五円との配当表(以下「本件配当表」という。)を作成した。
2 被告と桑原邦郎(以下「邦郎」という。)との間には、「邦郎が被告に対して東京都目黒区原町一丁目一二一九-四、同一四、同三、同一五の土地取得及び同土地上の平成三年一〇月三一日付け建物建築請負契約に係る損害賠償金として五億円の債務を負担していることを承認し、これを分割弁済する」旨を記載した平成八年九月一八日、東京法務局所属公証人石黒久啅作成平成八年第282号債務弁済契約公正証書(以下「平成八年公正証書」という。)が存在し、被告は、右公正証書に係る債権を請求債権として、平成八年(ル)第6704号債権差押命令を得た。
3 被告と邦郎との間には、「<1>訴外株式会社東京相和銀行と被告との間の平成三年七月二三日付け物上保証契約(根抵当権設定契約)及び同年一二月一八日付け変更契約に基づき、右株式会社東京相和銀行が根抵当権を実行したことにより、邦郎が被告に負担する求償債務二〇六九万一四七六円及びこれに対する遅延損害金、<2>貸主を被告とし借主を訴外株式会社計算流体力学研究所(以下「流体研究所」という。)とする平成四年二月二六日付けの二億円の金銭消費貸借契約についての同日付け保証契約に基づき、邦郎が被告に負担した残元金について保証債務一億五二三三万円及びこれに対する遅延損害金、<3>川崎市高津区新作所在の社宅等について、流体研究所の被告に対する滞納家賃合計五四二六万七二四二円に関して商法二六六条の三により流体研究所の実質的代表者邦郎が負担する同額の債務及びこれに対する遅延損害金、以上<1>ないし<3>の合計として元金二億二七二八万八七一八円及びこれに対する遅延損害金債務を負担していることを承認し、これを平成九年四月七日限り一括弁済する」旨を記載した平成九年四月三日、東京法務局所属公証人石黒久啅作成平成九年第七一号債務弁済契約公正証書(以下「平成九年公正証書」という。)が存在し、被告は、右公正証書に係る債権を請求債権として、平成九年(ル)第2582号債権差押命令を得た。
4 原告は、平成一一年九月一七日午前一一時一〇分の右配当手続事件の配当期日において、本件配当表に異議を申し立てたが、被告は右異議を承認しなかった。
二 当事者の主張
1 原告
(一) 平成八年公正証書について
(1) 原告と被告との間で、邦郎の被告に対する損害賠償債務が存在せず、平成八年公正証書が和解契約の趣旨で作成されたものとは認められない旨の確定判決が存在する(東京地方裁判所平成九年(ワ)第10301号配当異議事件、東京高等裁判所平成一〇年(ネ)第3034号号控訴事件)。
本件は、右の前訴と争点は同一であるから、争点効理論が認められれば勿論、仮に争点効理論が認められず判決理由中の判断に拘束力がなくても、実質的に前訴の蒸し返しであるから、被告の主張は理由がない。
(2) 原告は平成八年七月三一日に言い渡された東京地方裁判所平成八年(ワ)第10590号貸金請求事件の確定判決に基づいて、同年八月一六日、債務者邦郎、第三債務者国に対する債権差押命令(当庁平成八年(ル)第5348号)を得て、同月二二日に邦郎に送達された。
邦郎は、当時被告に対して国から支給される給与の中から生活費の援助を行っていたが、右差押を受けたことから被告に支払う金員を確保する目的で、同年九月一八日、邦郎と被告は通謀の上、内容虚偽の平成八年公正証書を作成したものであり、右公正証書は無効である。
(3) したがって、被告の邦郎に対する請求債権は存在しないから、本件配当表における、平成八年公正証書に基づく被告に対する配当額金八四万六八四一円とある部分は全て原告に配当されるべきである。
(二) 平成九年公正証書について
(1) 原告と被告との間で、平成九年公正証書につき、平成八年公正証書も含めて、被告の欠席により、右各公正証書の記載が実体がないとの主張が容れられた確定判決が存在する(東京地方裁判所平成一一年(ワ)第3972号配当異議事件)。
(2) 平成九年公正証書も、<1>の求償金二〇六九万一四七六円及びこれに対する遅延損害金を除き、次のとおり、邦郎と被告が通謀して作成した内容虚偽のもので、無効である。
(ア) 平成九年公正証書は、原告の差押後であり、かつ、平成八年公正証書の作成後に、作成されたもので、いずれも被告代理人の法律事務所が関与して作成されている。また、被告と邦郎は、邦郎の妻が被告の実子という関係にありながら、三億円以上の金額について、債務確認の一か月後に全額支払いこととし、年一四パーセントの遅延損害金を支払う約束をすることはあり得ない。
(イ) <2>の保証債務に関して、もし、被告の流体研究所に対する貸付金について邦郎が連帯保証人になっていたとすれば、右連帯保証債務を追求するのが最も安全確実で客観的であるから、平成八年公正証書を作成する際、右保証債務を原因債権として記載する筈である。しかし、これは何ら原因債権として記載されていない。
また、被告が邦郎に資金を融資する際、邦郎は被告に対して被告に損害を与えないで返済する旨口頭で述べたにとどまり、被告も娘婿である邦郎を信頼して協力したことが認められ、邦郎が法的に保証債務を負担したとは認められない。
(ウ) <3>の商法二六六条の三による損害賠償債務に関して、邦郎は流体研究所の取締役でないから、右責任を負うことはない。同条の類推適用については、邦郎は表見取締役、表見代表取締役に該当せず、また、被告は邦郎が役員でないことを知悉していたので、類推適用の余地はない。
(3) 平成九年公正証書の内<1>の求償金の元金額で二〇六九万一四六七円の債権は正当であることは前記のとおりであるが、平成九年公正証書の元金は合計二億二七二八万八七一八円であって正当なものはわずか九・一〇パーセントであるから、割合比をもって一部有効ということはできず、もはや質的な相違があるとして配当異議にとっては全額につき無効というべきである。
2 被告
(一) 平成八年公正証書について
(1) 被告は、邦郎との間において、邦郎に対し、被告に損害を与えないという条件で流体研究所の研究棟を取得するために必要な事実上の行為を行うことを委託する旨の契約を締結した。
(2) しかし、邦郎が被告名義で土地を取得し、建物建築契約を締結し、建物が上棟した段階で、流体研究所の資金繰りが悪化し、請負契約の中間金の支払が不可能となり建築は中断した。以来未完成建物は野ざらしとなり土地は使用も処分も困難となった。
(3) 右の過程で被告には次のような損害が発生し、その合計は五億二二四〇万七三二二円である。
(ア) 邦郎は、平成元年六月一三日及び平成三年一〇月三一日、被告名義で東京都目黒区原町一丁目一二一九-三、同四、同五、同一四、同一五の土地(以下「本件土地」という。)を合計三億七五〇〇万円で購入した。しかし、その後平成一一年七月二八日ようやく任意売却が可能となったところ、その売却価格は合計八三〇〇万円であり、差額金二億九二〇〇万円が損害となった。
(イ) また、建物は、途中で工事の継続ができなくなり、被告は請負業者に対して、出来高分(建物は上棟済みで出来高は七割である)一億〇五〇〇万円から既払い分四四〇九万六〇〇〇円を控除した六〇九〇万四〇〇〇円の残代金債務及びこれに対する弁済期到来後の平成四年三月一日から公正証書における債務確認時の平成八年九月一〇日まで年六パーセントの割合による商事法定利率による遅延損害金合計一六五五万九二一三円の約定損害債務を負担した。
(ウ) さらに、被告は、平成三年八月二七日、前記各土地の購入のために、株式会社東京三菱銀行から四億〇八〇〇万円を年利八・二五パーセントの割合で借り入れており、その利息は平成八年九月一〇日までで一億五二九四万四一〇九円である。
(エ) 右(ア)、(イ)、(ウ)の合計額は五億二二四〇万七三二二円となる。
(4) 邦郎は、前記委任の趣旨に反して、流体研究所の研究棟の建築事業について十分な見通しを立てず、流体研究所の倒産から約半年ほど前の経営の悪化した時期に、金額が大きく返済が危ぶまれるような被告名義の金銭消費貸借契約、土地売買契約、建物建築請負契約を締結し、被告に前記の損害を被らせたのであるから、債務不履行による損害賠償責任がある。
(二) 平成九年公正証書について
(1) <1>の求償金債務について
(ア) 邦郎は、平成三年七月二三日、株式会社東京相和銀行(以下「東京相和銀行」という。)と金六〇〇〇万円の金銭消費貸借契約を締結し、その後追加の契約により借入額は七〇〇〇万円になった。
被告は、右の借入金を被担保債権として、目黒区鷹番三丁目七四番地、家屋番号七四番二号の自宅建物を担保に供した。
(イ) 邦郎は、右消費貸借金の返済を怠ったため、期限の利益を喪失し、東京相和銀行は、東京地方裁判所に平成六年(ケ)第2291号不動産競売申立事件を申立て、同手続により右建物は売却され、平成八年五月三〇日東京相和銀行に二〇六九万一四七六円の配当がなされた。
以上により、被告は邦郎に対し、平成八年五月三〇日、右二〇六九万一四七六円の求償金請求権及びこれに対する同日の翌日から民法所定の年五分の割合による遅延損害金の請求権を取得した。
(2) <2>の保証債務について
(ア) <2>の保証債務に関して、流体研究所は、平成四年二月二六日、被告から二億円を返済期平成四年一二月二五日、利息年七パーセント、遅延損害金年一四パーセントの約定で借入れ、邦郎は右債務につき連帯保証した。
流体研究所は右期限までに返済することができず、右債権の現在の残元金は一億五二三三万円である。よって、邦郎は被告に対し、同額の連帯保証債務及び平成四年一二月二六日から完済に至るまで年一四パーセントの割合の遅延損害金の支払義務がある。
(イ) 右貸付は、被告が資金繰りに行き詰まった流体研究所に対する末期の貸付であるが、右貸付は返済が危ぶまれるものであったため、邦郎の妻であり被告の実子である桑原陽子(以下「陽子」という。)が被告と相談の上、邦郎、陽子及び邦郎の母桑原トシが皆で個人保証をして借入れを申込んだものであり、これに対して被告は異を唱えず最後の現金を貸与した。
なお、被告と流体研究所の消費貸借は、流体研究所の決算書にも記入してあるところ、右の経緯であれば原告の差押後に邦郎が個人保証することも可能であったが、乙第二号証のとおり借入時に個人保証していたので、その時点の保証契約をもって平成九年公正証書の原因債権としたものである。
なお、平成八年公正証書に右保証債務を原因債権として記載しなかったのは、被告は自己の債権債務の状態につきよく把握しておらず、被告、邦郎及び流体研究所のいずれも経理書類等の保管が悪かったところ、当時被告にとって、最もわかりやすく、気に病んでいた問題であった前記研究所の土地の取得等に関する損害賠償債権を平成八年公正証書の原因債権としたものである。
(3) <3>の商法二六六条の三の損害賠償債務について
(ア) 被告は、流体研究所に対して、左記の建物を賃貸していたが、流体研究所は平成四年一二月から賃料の支払をせず、滞納額の合計は平成九年三月時点で五一〇七万七二四二円となった。
記
川崎市高津区新作三-一四-七-六〇五(以下「本件建物一」という。)
賃料月額 一五万円
同市同区新作三-一四-七-七〇五(以下「本件建物二」という。)
賃料月額 一二万円
東京都目黒区原町二-一三-五(以下「本件建物三」という。)
賃料月額 六〇万円
なお、平成九年公正証書第三項に記載された未払賃料額五四二六万七二四二円は計算ミスによる誤りであり、正しい未払賃料額は右のとおりで、差額三一九万円については、債権は存在しない。
(イ) 邦郎は流体研究所の実質的経営者であるが、同人は文部省宇宙科学研究所勤務の国家公務員であり、兼職禁止規定のため取締役になれず、妻である陽子を形式的代表者としていた。
そして、流体研究所は、邦郎の放漫経営のため、平成四年二月ころ手形不渡を出し総債務額六〇億円を抱え事実上倒産した。したがって、邦郎は、支払不能となった右未払賃料相当の損害金につき、商法二六六条の三の適用ないし類推適用による損害賠償責任を負う。
三 争点
1 邦郎が被告に対して、真実、平成八年公正証書の債務を負担していたか。
2 邦郎が被告に対して、真実、平成九年公正証書の債務を負担していたか。
第三争点に対する判断
一 邦郎が被告に対して、真実、平成八年公正証書の債務を負担していたかについて
1 被告は、邦郎との間において、邦郎に対し、被告に損害を与えないという条件で流体研究所の研究棟を取得するために必要な事実上の行為を行うことを委託する旨の契約を締結した旨主張し、乙第一八号証(邦郎作成の陳述書)、第二二号証(別件における、被告作成の陳述書)、第二三号証(別件における、邦郎作成の陳述書)、第二四号証(別件における、邦郎の証人尋問調書)には、これに沿う供述記載部分がある。
しかしながら、右契約が明示的になされたことを窺わせる証拠はなく、また、邦郎自身、乙第二四号証において、被告は本件土地を購入し建物を建築することについて、邦郎を信用していたため邦郎に不安を洩らしたりすることはなく、邦郎も被告に対して、被告に損害を与えないという話を口頭でしていた旨証言していることに照らすと、前記各供述記載部分をもって、右契約が黙示的になされたとも認められず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。
2 そうすると、平成八年公正証書が作成された平成八年九月一〇日当時、右公正証書に記載された内容の邦郎の被告に対する損害賠償債務が存在したとは認められず、また、元々損害賠償債務が存在しない以上、右公正証書が和解契約の趣旨で作成されたと認めることもできない。
二 邦郎が被告に対して、真実、平成九年公正証書の債務を負担していたかについて
1 証拠(甲五の1及び2、乙一ないし一一、一三、一四の1ないし6、一五、一六、一八、二二ないし二七、証人邦郎)によれば、次の各事実が認められる。
(一) 邦郎は、東京大学大学院(物理学)を昭和四五年に卒業し、昭和五六年に文部省宇宙科学研究所に入所した国家公務員である(乙二三、二四)。
(二) 邦郎は、昭和六一年ころ、計算に関するコンサルティング及び計算の受託等を目的とする流体研究所を設立して、その実質的な経営に当たるようになり、邦郎自身は国家公務員の地位にあるため、同人の妻陽子を代表取締役に就かせた。流体研究所の役員は、取締役は、邦郎の母である桑原トシ及び陽子の兄(邦郎の義兄)山口登之の二名、監査役は陽子の知人である鵜戸口が就任した(乙一八、二三、二四)。
(三)(1) 流体研究所は、スーパーコンピューターを導入して企業相手の計算に関するコンサルティング業務等を行っていたが、平成元年ころ、更にスーパーコンピューターを導入し設置するための建物が新たに必要となり、本件土地を購入してその上に右建物を建築することを計画した。
(2) しかし、金融機関が同社にそのための資金を融資することに難色を示したため、流体研究所は、自ら資金を借り入れて右建物を建築することは断念し、代わって、陽子の母である被告が、同人の自己資金と銀行からの借入金で土地を購入して建物を建築し、建物完成後は、これを流体研究所に賃貸し、その賃料によって借入金の返済をすることを、流体研究所との間で合意した。
(3) 被告は、右合意に従って、平成三年八月二七日付けで、株式会社東京三菱銀行から同人名義で四億〇八〇〇万円を借り入れ、これと被告の自己資金とによって本件土地を購入し、また、平成三年一〇月一日付けで有限会社春原工務店との間で工事請負契約を締結して、本件土地上に建物の建築を開始した。
(4) しかし、流体研究所は、平成四年に入ると、受注が減って経営が急速に悪化し、邦郎は被告に対する右融資金の一部を運転資金に流用してしまったため、被告は建設会社に中間金の支払ができなくなって、建築工事は途中で中断されたままとなった。(以上につき、乙一〇、一一、一三、一四の1ないし6、一五、一六、二二ないし二四)
(四) 流体研究所は、平成四年二月二六日、被告から、弁済期を平成四年一二月二五日、利息を年七パーセント、遅延損害金を年一四パーセントの約定で、二億円を借り入れた。右借入金の平成八年三月三一日時点の残高は、元本で一億五二三三万円である(乙二、五ないし七)。
(五)(1) 被告は、平成元年八月一日、流体研究所に対し、本件建物一を、使用目的を流体研究所の社宅とし、賃料月額一三万円の約定で賃貸した(乙二五)。
(2) 被告は、平成三年八月一日、流体研究所に対し、本件建物二を、使用目的を流体研究所の社宅とし、賃料月額二四万円の約定で賃貸した(乙二六)。
(3) 被告は、平成四年二月一日、流体研究所に対し、本件建物三を、使用目的を流体研究所の社宅とし、賃料月額一五〇万円の約定で賃貸した(乙二七)。
(4) 平成九年三月三一日時点の、右賃料の未払額の合計は、五一〇七万七二四二円である(乙八)。
(六) その後、流体研究所は、平成四年七月ころ、金融機関等に対して約六〇億円の負債を抱えたまま、手形不渡りを出して事実上倒産した(乙二四)。
(七) 被告は、邦郎の東京相和銀行に対する債務につき、平成三年七月二三日右銀行との間で自己所有の自宅建物に極度額六〇〇〇万円の根抵当権設定契約を締結して平成三年七月二四日付けで右登記を了し、同年一二月一八日極度額を七〇〇〇万円と変更して同月二七日付けでその旨変更登記を了していたところ、平成八年二月二〇日右自宅建物は競落され、同年五月三〇日、東京相和銀行に二〇六九万一四七六円が配当された(乙三、四)。
(八) 邦郎は、被告が右のような状況に陥った後、被告に対して、国から支給される給与の中から生活費の援助を行っていたが、平成八年八月一六日に原告が右給与の差押命令を得て同命令が同月二二日に邦郎に送達されたことから、被告に支払うべき金員を確保する目的で、同年九月一八日、平成八年公正証書を作成し、さらに、同じ目的で、平成九年四月三日、平成九年公正証書を作成するに至った(甲五の1及び2、乙一、九、一八、二二、二三、証人邦郎)。
2 <1>の求償金債務について
1(七)認定の事実によれば、被告は、邦郎に対して、物上保証契約に基づく求償金として、二〇六九万一四七六円及びこれに対する平成八年五月三一日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金を請求する権利を有していたことが認められる。したがって、平成九年公正証書第一項は、右の限度で有効なものというべきである。
なお、平成九年公正証書には、遅延損害金の起算日として「平成八年二月二一日」と記載されているが、二〇六九万一四七六円が東京相和銀行に配当されたのは同年五月三〇日であるから、遅延損害金の起算日は同年五月三一日と解するべきである(この点は被告も自認している。民法三七二条、三五一条、四五九条二項、四四二条二項)。また、原告は、<2>の保証債務及び<3>の商法二六六条の三の損害賠償債務が存在しないことを前提として、平成九年公正証書中有効な債権が割合的に僅少であることから、右公正証書は全体として無効であると主張する。しかしながら、右主張自体独自の主張であるのみならず、<2>及び<3>の各債務も有効であることは後記認定のとおりであるから、右主張は採用できない。
3 <2>の保証債務について
(一) 1(四)認定の事実及び証拠(乙二、一七、一八、証人邦郎の証言)によれば、被告は邦郎に対して、連帯保証契約に基づき、一億五二三三万円及びこれに対する平成四年一二月二六日から支払済みまで年一四パーセントの割合による遅延損害金を請求する権利を有していたことが認められる。したがって、平成九年公正証書第二項は有効なものというべきである。
(二) 原告は、<1>平成八年公正証書を作成する際、右保証債権は最も客観的で確実な債権であるのに、右公正証書の原因債権とされていないこと、<2>流体研究所が被告から融資を受ける際、従来邦郎が個人保証することはなかったことなどを指摘して、邦郎が連帯保証したことはない旨主張する。
しかしながら、右原告の主張はいずれも推測に留まるものであるところ、<1>の点については、前記求償金債務も客観的で確実な債権であるのに平成八年公正証書の原因債権とされていないこと、この点に関する証人邦郎の証言はあながち不合理であるとは言えないことが認められ、また、<2>の点については、1認定の事実によれば二億円の融資がなされた平成四年二月ころは流体研究所が倒産に至る直前であるところ、本件に限って邦郎が連帯保証したことに関する証人邦郎の証言及び同人作成の陳述書(乙一八)の記載部分は不合理であるとは言えないことが認められ、これらの事実に照らすと、右原告の主張は採用できず、他に(一)の認定を左右するに足りる証拠はない。
4 <3>の商法二六六条の三の損害賠償債務について
(一) 1(二)及び同(五)認定の事実によれば、被告は、流体研究所の事実上の代表取締役である邦郎に対して、商法二六六条の三の類推適用により、本件建物一ないし三の未払賃料合計五一〇七万七二四二円及び遅くとも弁済期の経過した後である平成九年一月一日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金を請求する権利を有していたことが認められる
なお、平成九年公正証書には、「年六分の遅延損害金」と記載されているが、商法二六六条の三は特別の法定責任を規定したもので、遅延損害金については民法所定の年五分の割合によるべきである。また、平成九年公正証書には、未払賃料として「五四二六万七二四二円」と記載されているが、右記載は計算間違いで、未払賃料は五一〇七万七二四二円であることは、被告の自認するところである。
したがって、平成九年公正証書第三項は、右の限度で有効なものと言うべきである。
(二) 原告は、邦郎は流体研究所の代表取締役でも取締役でもないから商法二六六条の三の責任が生ずる余地はない旨、また、被告はこれを知悉していたから同条の類推適用はない旨主張する。
しかしながら、邦郎が流体研究所の実質的経営者であることは原告も認めるところであること、商法二六六条の三の類推適用は、表見責任を問うものでなく、その者が会社の内部的、外部的決定権を有していたか否かによって決せられると解するべきであるから、右原告の主張は採用できず、他に(一)の認定を左右するに足りる証拠はない。
5 配当金額について
(一) 前記2ないし4によれば、平成九年公正証書が作成された当時、真実、被告が邦郎に対して有していた権利は次の通りである。
(1) <1>の求償金債権
二〇六九万一四七六円及びこれに対する平成八年五月三一日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金
(2) <2>の保証債務履行請求権
一億五二三三万〇〇〇〇円及びこれに対する平成四年一二月二六日から支払済みまで年一四パーセントの割合による遅延損害金
(3) <3>の商法二六六条の三に基づく損害賠償債権
五一〇七万七二四二円及びこれに対する平成九年一月一日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金
(二) 証拠(甲一、乙一)によれば、被告は、債権計算書において、遅延損害金として九三九一万三六四五円を届け出ていることが認められ、これを平成九年公正証書に記載された各債権の遅延損害金の起算日及び利率で計算すると、被告は各債権について平成九年四月一五日までの損害金の額を記載していることが認められる。
(三) そこで、(一)の各遅延損害金の額を計算すると、次のとおりとなる。
(1) <1>の求償金債権
元金二〇六九万一四七六円、遅延損害金九〇万五三五八円
(2) <2>の保証債務履行請求権
元金一億五二三三万〇〇〇〇円、遅延損害金九一七八万九三四四円
(3) <3>の商法二六六条の三に基づく損害賠償債権
元金五一〇七万七二四二円、遅延損害金七三万四六七三円
(4) 合計
元金二億二四〇九万八七一八円、遅延損害金九三四二万九三七五円、総合計三億一七五二万八〇九三円
三 結論
以上によれば、原告の本訴請求は、本件配当表につき、被告に対する配当額(賠償金・公正証書の分)八四万六八四一円とある部分を零円に、被告に対する配当額(求償金等・公正証書の分)五四万四〇二五円とある部分を九二万七六五〇円に、原告に対する配当額六三万八九八七円とある部分を一一〇万二二〇三円に、それぞれ変更する限度で理由がある。
(裁判官 草野真人)